「ほしのこえ」二次小説

ほしの恋人たち〜Star Crossed Star〜
注意:この小説は漫画版「ほしのこえ」のネタバレを含みます。
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【25歳のノボルくんこんにちは。16歳のミカコだよ。】
この、稀に届くメールだけが俺と長峰ミカコをつなぐ唯一のものだ。

メールの返事を待つ間、実際はそんなに離れていないのに、相手と遠く離れているような距離を感じることがある。
 かつて、学校で同級生たちが「三日間、メールの返事が来なかったからあの女と別れてやったんだ」という
会話を聞くと、いたたまれない気持ちになる。
俺と長峰とのことを、地球上で生活している、俺の知っている人たちに話しても理解できないだろう。
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今日は七夕。

天帝の娘、織女と牽牛が許されて年に一度会う事が出来る日。
織女(琴座の一等星ベガ)と牽牛(わし座の一等星アルタイル)の星の恋物語ちなんだ星祭り。
この日は短冊に願いを書いて、笹の葉に結び、祈りを捧げる。

人類が宇宙に行く時代になっても星に祈りを捧げる風習は今でも続いている。
自分でも奇妙に思うけれど。

 この物語は、恋愛によって自分の務めを疎かにした二人が罰を受け、天の川の岸の向かい同士に住む事を命ぜられ仲を裂かれる。
しかし毎日泣き暮らしている織女を不憫に思った天帝が一年に一度だけ、会うことを許したという。

この話を始めて聞いた幼い頃は、年に一度しか会えないとはなんて残酷な話だ、と思った。
一年待つ間は、気が遠くなるような永久の時間にも思えた。

しかし今では、この話について俺は、…俺と長峰は何も悪いことをしていないのに、何故、こんな目にあっているのだろう、
 そもそも長峰が探索メンバーに選ばれたのだって、自分で希望してなった物ではないのに。
と複雑な思いを巡らせている。

俺と長峰の距離はあまりに遠い。
 メールが届くまでにかかる時間は八年と七ヶ月。
彼女に実際に会いに行こうとすると、どれ位の時間がかかるのだろう。
 彼女が今、生きているかも定かではない。
でも、俺は長峰が死んでいる気がしない。何故だかそう思えるのだ。
俺は長峰に会いに間もなく出発をする予定だ。
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長峰ミカコとのメールの事を話したのはほんの僅かな人間だけだった。
高校の時に少し付き合っていた娘は、この話をして長峰を選ぶ事を決めた時、泣いていた。
『すぐ側にいて、毎日触れ合っていても、宇宙の彼方にいる彼女の方が忘れられないなんて、私の存在って何?』
…と彼女は思ったかどうかは知らない。
羨ましいと言い、ただ泣いていた。
 世間一般の人たちから見たら俺は変態にしか見えないだろう。
それでも俺は…長峰に会いに行くと決めたのだ。
あの宇宙を、限界のないソラをどこまでも進んで。

一年に一回しか、ではなく一年に一度でも会えるなんて、それは何て優しい罰なのだろう。
それを決めた神様はとても優しい人ではないだろうか。

 八年も会えなくなっても…ほしの恋人たちは、その関係が続いていくのだろうか。
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長峰の存在は、今、メールでしか確認することが出来ない。
時々、本当に長峰は存在していたのだろうか?
このメールは本当は彼女本人からのものではなく、誰か別の人物から送られてきているものではないのか?と思うときがある。
いや、もしかしたら長峰は宇宙に行っているのではなくて、地球上のどこかでタルシアンではない何者かと戦っていて、
このメールは偽装されているのではないか?と馬鹿なことを思うときがある。
その方が、まだ、救いようがあっただろう。
 しかし、このメールの文章が、彼女からのものだと、内容が真実であるとしか俺には思えなかった。
その内容は彼女が今、苦しんでいると、文面では強がっているけれど、とても寂しいと、ノイズが混じっているけれど
俺に伝えているものだった。

俺にはそれは、まるで、ほしのメッセージのように思えたんだ。 
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長峰の独白

【ノボルくんこんにちは!ミカコだよ。

地球で一緒に過ごしていたあの頃は、今が永遠に続くんだ、とそう思っていたよ。】

わたしは、いつ届くか判らないメールを打ち終えて、星空を見上げた。

宇宙で見る星空は、地上で見上げた星空とは違っていて、
それはただの白い点であって、やさしく瞬いたりはしない。

 ただ底無しの暗黒が拡がっていて、どこまで進んでも、どこまでもどこまでも地上の街の灯が見える事はなく終点はない。
終わりの無い旅に心を強く固くしなければ挫けそうになってしまう。

今、私とノボルくんを繋ぐものは、この携帯のメモリーに残るメールたちだけ。
トレーサーのコクピットで光る暗闇のライトは、まるで、蛍みたいだ。
星とは違っていてなんだか暖かい。

ノボルくんとの絆は蛍のように儚い存在で、返事を待つ間の気持ちは、まるで深海の底に沈んでいるようで、
でも返事を貰えると明るい太陽の下に出れたような気持ちになるんだ。
たとえ絶対真空の宇宙に居たとしても。

もう二度と会えないとしても。
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『もう一度長峰に会えるかも知れない』
その希望が叶う可能性はまるで、暗闇を漂う蛍みたいに儚いものかもしれない。
だが俺はもう決めたのだ。
長峰にもう一度会いに行くと。
気持ちを凍らせてずっと停滞しているよりも、傷つく危険があっても前に進みたいから。
このまま追いかけなければ、長峰はきっと、いつか消えてなくなってしまうだろうから。
たとえば、流れ星みたいに。

俺は、我慢をするのが上手な大人になるよりも、より、大きな喜びを得られるならば無謀な子供でいようと、そう決めたのだ。
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今日は七夕、星に願いをかける日。
馬鹿げた事だと思いながらも、迷信かもしれないけれど、遥かな星に願いをかけるよ。
長峰にもう一度会えますように。」と。
 
END
松葉蕗(2005/07/09)


※副タイトルの”Star Crossed Star”は、徳間デュアル文庫 上遠野浩平 ナイトウォッチシリーズ「あなたは虚人と星に舞う」の副題より